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観龍寺大雄殿

観龍寺大雄殿

  • 住所 : 慶尚南道昌寧郡昌寧邑火旺山観龍寺ギル171
  • 指定番号 : 宝物第212号
  • 指定日 : 1963.1.21.
  • 時代 : 朝鮮時代

この建物は1965年の解体∙補修工事の際に発見された上樑文により、朝鮮太宗元年に創建、壬辰倭乱の時に消失したものを光海君9年に重創し、その後 英祖25年に重創したことが分かっています。

しかし観龍寺の事蹟記には、肅宗30年(1704)の秋の大洪水により金堂浮屠が遺失し、僧侶20余人が溺死する惨事があった後、肅宗38年(1712)にこの大雄殿とその他の堂屋を再建したことが記録に残っています。上樑文とは一致しない点がありますが、建物に関する限り、上樑文の方を重視すべきと思われます。

八作屋根の多包系の建物として、比較的朝鮮時代の中期以前の特徴がよく現われています。建物内部は裏側に偏っており、2本の高柱を立て、その上に大梁が渡してあります。

高柱で支える形で仏壇を設置し、その上部に仏蓋がついており、天井は掘り込み式の天井ですが、中央部分を周囲より一段高くしたのが特徴です。

斗栱は内外ともに二斗栱で等しく、その上端にある山彌檐遮の端は三角形の形態を成しています。